大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 平成2年(行ツ)128号 判決

東京都港区虎ノ門二丁目二番一号

上告人

日本たばこ産業株式会社

右代表者代表取締役

水野繁

右訴訟代理人弁護士

秋吉稔弘

同弁理士

瀧野秀雄

草野敏

アメリカ合衆国

ケンタッキー州ルイスビル・ウエストヒル・ストリート一六〇〇番地

被上告人

ブラウン・アンド・ウイリアムソン・タバコ・コーポレーション

右代表者

ラリー・C・アモス

右訴訟代理人弁理士

丸山幸雄

右当事者間の東京高等裁判所平成元年(行ケ)第一四七号審決取消請求事件について、同裁判所が平成二年四月二四日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人秋吉稔弘、同瀧野秀雄、同草野敏の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大内恒夫 裁判官 四ツ谷巖 裁判官 大堀誠一 裁判官 橋元四郎平 裁判官 味村治)

(平成二年(行ツ)第一二八号 上告人 日本たばこ産業株式会社)

上告代理人秋吉稔弘、同瀧野秀雄、同草野敏の上告理由

一 原判決は、次の諸点において法令に違背するものである。

第一点 原判決は、被上告人の主張しない事実を審決取消事由として主張したかの如く構成し、これが主張を理由あるものとした弁論主義違背の違法がある。

原判決によれば、被上告人代理人は、「審決は、第一引用例記載のものの技術内容を誤った結果、本件発明と第一引用例記載のものとの相違点についての判断を誤り、ひいて本件発明は第一引用例及び第二引用例記載のものに基づいて当業者が容易に発明することができたものであると誤って判断したものであるから、違法であって、取り消しを免れない。」と主張したとする(原判決十枚目裏十行目から十一枚目表五行目)。

然し、このような主張は、原審準備手続調書、口頭弁論調書、陳述された被上告人代理人提出の準備書面記載部分のいずれにも存在しない。

原審第三回準備手続調書によれば、「本件取消事由で争うのは相違点ハとホの判断部分である。」とあり、次いで同調書には、原告(被上告人)提出第三回準備書面のうち(六)項以下に記載した部分において主張するとおりである旨の記載があるところ、同(六)項以下に記載するところは、要するに第一引用例には、本件審決が認定しているような記載はないとか、第一引用例についての本件審決の認定が誤りであるとするにとどまり、「認定上の誤りがある審決は違法であり取消すべきである」と結論する以上のものではない。すでに、本件審決が、本件発明と第一引用例記載のものとの間に存在する差異を、「両者の内部材に形成された溝表面の構成において差異があるもの」と認定し(甲第一号証第九頁第八行目から十行目まで)、被上告人代理人も本件審決がしている第一引用例の技術内容の判断も争わず、右差異点のみしか技術上異なる点がないことも認めて争わないことは、本件口頭弁論の全趣旨から明らかである。そうであるから、被上告人代理人が右準備書面で述べているところは、善解するなら本件発明と第一引用例記載のものとの間に本件審決の挙示する相違点以外に差異があると主張し、この差異点の看過誤認として取消事由を構成するのであればともかく(原審準備手続において、原裁判所はこの点を確かめることもしていない。)、そうでない以上、矛盾することをあれこれ言うにとどまり、とうてい、原判決のいうように、「第一引用例記載のものの技術内容を誤った結果本件発明と第一引用例記載のものとの相違点についての判断を誤り、ひいて本件発明は……」など被上告人代理人自身がみずから構成した主張とみられる筋合ではない。もし、被上告人代理人にしてそのように主張したいということが陳述された一部の準備書面の記載から読みとれるのであれば、あるいは準備手続期日において述べるところから忖度できそうであるというのであれば、そのように取消事由を主張する旨調書に記載し、もしくはその旨記載の書面の提出を命じて、主張すべき取消事由を明白にすべきである。そうでない本件では、原判決が摘示するような取消事由なる主張がなされたとすることはできない筋合である。原判決は、被上告人代理人の主張しない取消事由なるものを、取消事由として主張したものとし、これが主張を理由があるとしたものであるから、弁論主義に反するものである。

第二点 原判決は、原審裁判官が当然なすべき釈明権の行使を放棄したものであり、その結果、審理不尽、理由不備の違法を免れないものである。

原判決は、「被上告人代理人が、「第一引用例記載のものにおいてセルロースアセテートの加熱溶融成形が行われていないことは明らかであるのに審決はこの点の判断を誤った」との主張をした」旨摘示している(原判決十二枚目表四行目から六行目まで)。そして、原判決は「第一引用例からはエレメントを加熱(溶融)成形によって成形することを意味する記載は認めることができない。」と判示し、本件審決の認定を誤りとし、本件審決取消の一事由とした(原判決二十二枚目表二行目から同九行目まで)。この判示をみるに、本件審決は、加熱溶融成形が行われていると認定した、と原判決が考えて判断したことは、明らかである(この判断が経験則に反することは後述する)。

然し、本件審決では、第一引用例に記載のものが加熱溶融成形を行っているとは、一言半句も認定していない。そして、もともと本件審決の認定において、本件発明と第一引用例に記載のものとは、本件審決が挙げた相違点、即ち内部材に形成された溝表面の構成における差異についての本件審決の判断以外は、第一引用例の技術内容については被上告人代理人において争いのないことは本件口頭弁論の全趣旨から明らかなことである。そして、右にいう「加熱溶融成形」なる文言は被上告人代理人の第三回準備書面において突如記載されたものである。右のとおりであるから、原審裁判官は、まず、「加熱溶融成形」は本件審決の認定判断していない事項であること、敢えてそれをいうのであれば、たとえば本件発明と第一引用例記載のものとの間に本件審決の挙げた差異点以外の差異があってこれを看過誤認した、との趣旨であるのか、またここで、突如、本件審決にもあらわれない「加熱溶融成形」の文言の趣旨、それと取消事由の結び付きなど被上告人代理人に釈明を求めるべきであり、のみならず、右の点を明確に指摘して上告人代理人(原審代理人)に対しても見解ないし反論をきくべく当然釈明を求めるべきであるのに、原審裁判官は漫然、「加熱溶融成形」なる文言の部分も陳述させ、被上告人代理人に対しては勿論、上告人代理人(原審代理人)に対しても当然なすべき殊のほか重要な釈明を求めないままに準備手続を終結した(なお、準備手続調書には、「他に主張立証はない」旨述べた旨記載されているが、上告人代理人(原審代理人)としては、本件において「加熱溶融成形」なる文言は前記のとおり、本件審決の何ら認定していないところであること、審決取消事由との結び付きが明らかにされないこと、それにもかかかわらず原審裁判官からも釈明を求められなかったことなどから、裁判官の、「準備手続を終結する」旨の宣言に従ったまでであり、釈明を求められたのに何も主張することはないとして表明したものではないことを申し添える)。しかして、当然なされるべき裁判官の釈明権の行使がないまま審理は終結され、その結果「第一引用例からはエレメントを加熱(溶融)成形によって成形することを意味する記載は認めることができない」として、何ら認定してはいないのに本件審決の認定が誤りであるとし本件審決を取消した一事由としている。

もし、当然なすべき釈明権を、原審裁判所が行使していたならば、上告人代理人(原審代理人)は、本件審決は第一引用例について加熱溶融成形なる認定をしていないこと、もともと本件審決の認定判断についてそのような成形は関わりがないこと、前述したように、原判決は、本件審決は第一引用例につき加熱溶融成形が行われていると認定した、と判断したのであるが、準備手続中において原審裁判官がもしそのように考えてしまうとするとその考えが本件では経験則違反であること、つまり、第一引用例が加熱溶融成形をしているのであれば表面非多孔性となり、本件発明と同一となるのであって、本件審決がそのような認定をするわけがないこと、見易い道理であることなど、被上告人の右主張自体失当である旨を十分に説明しえて、正しい原審判断がなされたにかかわらず、釈明権の不行使のため、原判決は経験則にも反するような誤った結論となり、結果的に審理不尽、理由不備の違法を免れないものである。

第三点 原判決は、本件審決が認定判断していない事項を、これが認定ないし判断をしているとしたうえ、この認定判断が誤りであるからとの理由で本件審決を取消したものであるから、審理不尽、理由不備ないし経験則違背の違法がある。

(1) まず、原判決は、「3 相違点の判断について」の項で、「審決は、「第一引用例には煙流と空気を喫煙者の口中で始めて混合するという記載があり、……」と認定、判断している(ホの事由)。」と述べている(原判決二十枚目表四行目から五行目及び同八行目)。

然しながら、本件審決は、そのような認定判断はしていない。

思うに、原判決が、右のように、「第一引用例には煙流と空気を喫煙者の口中で始めて混合するという記載があり」と本件審決が認定判断しているというのは、本件審決書(甲第一号証)の第十枚目十八行目から十九行目にかけての部分(以下、「ホの部分」という。)を抽出転記したものと推認することができる。そしてこのように抽出転記するに当たっては、右「ホの部分」中に、「甲第二号証における上記記載の」とあるので、原判決は、本件審決書(甲第一号証)の同じく第十枚目第一行目から第六行目までの「甲第二号証にも上記記載のように内側に円筒孔を有する内部材ではあるけれども、円筒内を通過したタバコ煙流と、外被材の透孔より導入され、溝内を通過した空気流とを喫煙者の口中で混合する旨の記載」との部分(以下、「引用部分」という。)を念頭におき、この「引用部分」を当て嵌めることによって、右のとおりに抽出転記したものと推認することもまた難くない。してみると、「ホの部分」即ち前記抽出転記の部分にある「始めて混合する」との記載は、「引用部分」にはないから、原判決が「引用部分」を当て嵌めることによって、「第一引用例には煙流と空気を喫煙者の口中で始めて混合するという記載があり」と本件審決が認定判断している、としたのは明らかに誤りである。「ホの部分」は、原判決のいうように解すべきものでないことは、次段に述べるが、およそ甲第二号証(第一引用例)は溝表面が多孔性のものであるから、本件審決は「引用部分」においては、「円筒内を通過したタバコ煙流と、外被材の透孔より導入され、溝内を通過した空気流とを喫煙者の口中で混合する旨の記載があり」と注意深く認定しているのであって、原判決の言うように、第一引用例が煙流と空気を喫煙者の口中で始めて混合する、ということは、その構成からありえないことである。第一引用例がそのようなもの、即ち「口中で始めて混合する」ものであるなら、本件発明と第一引用例に記載のものとは同一の構成のものになってしまう。けだし、「始めて混合」は本件発明の構成によるものであるからである。本件審決が、原判決の述べるような認定判断をしていないことは、この点からも明らかである。

原判決は、第一引用例に記載のもの及び本件発明の技術内容を理解しないか、本件審決の認定判断するところを誤解し、本件審決の認定判断していないことを認定判断しているものと誤り、これを前提として本件審決を取り消した審理不尽、理由不備のものである。

(2) 次に、原判決が、「審決は、「第一引用例には煙流と空気を喫煙者の口中で始めて混合するという記載があり……」と認定判断しているのは、「ホの部分」を抽出転記したものと推認できること前段に述べたとおりである。しかして、この、「ホの部分」を含む「甲第二号証における上記記載の煙流と空気を喫煙者の口内で始めて混合するということは加熱成形により得られる、表面非多孔性のエレメントを使用することによって達成が可能となる」との本件審決の記載部分(甲第一号証第十枚目十八行目から十九枚目二行目まで)は、次のように解すべきものである。即ち「溝表面多孔性の第一引用例において、本件発明のように煙流と空気流とを別々に喫煙者の口内に送り、ここで始めて混合するようにしようとするには、加熱成形によって得られる溝表面非多孔性のエレメントを使用すればよいのである」と説明していると理解すべきものである。本件審決の書きかたに誤解を招き易い不馴れは拭いえないが、右が正しい理解である。

原判決は、その説示部分によると、本件審決が「第一引用例には円筒内を通過した煙草煙流と外被材の透孔より導入された空気は喫煙者の口内で始めて混合する旨の記載がある」と認定したというのであるが(原判決二十枚目表四行目から同五行目及び二十二枚目表三行目から九行目)、そうであるなら、本件発明と第一引用例記載のものとでは、煙流と空気流が口内で始めて混合するという点で同一になってしまい、このことは本件において技術上当事者間に争いのない構成上の差異についての認識と相反する。また、本件審決がそのような認定をするわけがないこと本件口頭弁論の全趣旨から明らかである。右に述べた、「ホの部分」を含む本件審決の記載部分は、右に述べたとおりに理解することによって辻褄が合うのである。それにもかかわらず、「本件審決が、第一引用例に、煙流と空気が喫煙者の口内で始めて混合する旨記載があると認定した」と原判決が判断したのは本件における技術常識に著しく反し、経験則違背の違法があるといわざるをえない。

第四点 原判決は、本件審決が認定していないことを認定しているとしたうえ、この認定が誤りであるからとの理由で本件審決を取り消したものであるから、審理不尽、理由不備の違法を免れない。

原判決は、「3 相違点の判断について」の項の「(ハの事由)」に関して、「第一引用例からは、エレメントを加熱(溶融)成形によって成形することを意味する記載は認めることができない。したがって、前記審決の認定中前段の部分は誤りである。」とする。(原判決十九枚目裏十一行目から二十枚目表三行目まで)この判示からすれば、原判決の認定判断するところは、「第一引用例は加熱溶融成形はしていないから、本件審決が加熱溶融成形をしていると認定したのは、誤りである」としたものであること、明らかである。

然しながら、本件審決は、右のような認定はしていない。本件審決は、「第一引用例にはエレメントを加熱成形によって成形することを意味する記載がある。」としているにすぎない(甲第一号証十頁七行目から十行目)、(原判決十七枚目裏三行目から五行目)こと、即ち溶融なる文言は使用していないこと明らかである。

およそ加熱溶融成形と加熱非溶融成形及び加熱成形とは技術上の意味合いを異にすること技術常識上明らかである。のみならず、本件のたばこの製造に関する技術分野において、エレメントを加熱溶融成形を行えば溝表面の孔はつぶれてしまい、即ち溝表面は非多孔性となり空気が通らないことは言うまでもない。これは、被上告人も争いのないところであり、第一引用例記載のものの溝表面が多孔性であると認定した本件審決に明らかに反するものである。故に溝表面が多孔性である第一引用例では加熱非溶融成形を行っているのであって、エレメントを加熱溶融成形をしていないことは原判決の判示をまつまでもなく自明なことである。本件審決も、この点は十分に理解したうえで、「第一引用例においてエレメントを加熱成形によって成形することを意味する記載がある」と正しく表現している(甲第一号証十頁七行目から九行目)のである。換言すれば、この表現は、「もともとバラバラになっている可塑性材料をエレメントにまとめる場合には加熱をすることが必要であり、第一引用例では、まず、そのようなバラバラの材料をまとめるべく加熱を行ない、この状態でフィルター表面に溝を成形していますよ」と言っているにとどまるのである。そして、本件審決は、この当然のことを述べたうえで、第一引用例とは無関係に、「セルロースアセテートのような可塑性材料を加熱成形したときには、被成形物の表面は一般に非多孔性の平滑面となるのが技術常識上普通であります」としているのである。

右に述べたとおりであるから、本件審決が正しく表現した文言である「第一引用例においてエレメントを加熱成形によって成形することを意味する記載」において、「加熱成形」を「加熱溶融成形」と置き換える余地は全くないにもかかわらず、被上告人代理人は、自らの知見に反し、第三回準備書面に突如「加熱溶融成形」なる文言を登場させ、原審もまた漫然右準備書面を陳述させ、結果的に、右に縷々述べたとおり、本件審決が認定していない事項を認定しているものと技術常識に反するような誤解をして本件審決の認定判断を誤りとし、これをもって本件審決取消の事由の一つとした(原判決二十二枚目表一行目から九行目)のであって、審理不尽、理由不備の違法を免れない。

なお、「加熱溶融成形」なる文言については、原審裁判官が当事者双方代理人特に上告代理人(原審代理人)に見解、意見を求めるなど当然なされるべき釈明権の行使をしていれば、もって直ちに上告代理人(原審代理人)において十分な説明をなしえて正当な原審判断がなされたものであることについては、上告理由第二点において既述したところである。

二 原判決には、以上のとおり、各法令違反があり、右違反は判決に影響を及ぼすことが明らかであるので、原判決は破棄さるべきである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例